地球超深部からの手紙:ダイヤモンド中の不純物(インクルージョン)
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図1
  私たちが地表で手に入れることができる地球深部の物質は、直接サンプリングが可能な大陸や海洋直下の地殻物質の他に、 マグマの上昇に伴って地表にもたらされるいわゆる捕獲岩というものがあります。その多くがかんらん岩と称されるかんらん石、 輝石、ざくろ石などの宝石鉱物からなる岩石であり(図1)、これらは地球の上部マントルに由来すると考えられています。しかし、 これらの捕獲岩から得られる情報は地下200km程度までに限られていました。
  一方、地下深くに穴をあけ、マントル物質を直接手に入れようとする試みがこれまでロシアやアメリカ、 ヨーロッパなどを中心に おこなわれてきました。しかしこのような深部ボーリングでは最高10km程度 の穴を掘るのが限界で、特に地殻が厚い大陸下では、 地殻の下部に達するのが精一杯でした。最近、我が 国の海洋科学技術センター(JAMSTEC)を中心に、地殻の厚さが薄い(5〜6km)と 考えられている海洋 底に穴をあけ、その下のマントル物質を探ろうとする計画がすすめられています。これがうまくいけば直 接マントル物質を 採取できるものと期待されています (http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/odinfo/od21-oyako/oyako.html)
図2
  いずれにしてもこれまでのところ地球深部物質の直接の手がかりは、上部マントルの最上部のみに限られていました。 しかし最近イギリスのエジンバラ大学のHarte教授を中心とする研究グループは、ブラジルの鉱山から産出したダイヤモンドの 結晶中の不純物(包有物=インクルージョン)を詳細に調べ、これが下部マントルに由来するのではないかという衝撃的な報告をしました(図2)。 彼らはこれらのインクルージョンが、本センターの入舩が1994年にNature誌に発表した下部マントルの鉱物構成およびそれらの化学組成の特徴とよく一致することを、 これらが下部マントル起源であるとする重要な根拠としています(図3)。
 入舩らはHarte教授を平成11年に半年ほど愛媛大学に招聘し、このような超深部起源ダイヤモンドインクルージョンの成因解明のための共同研究を 、超高圧実験と放射光実験を駆使することにより開始しました。当面する共同研究の目標として1)インクルージョンの生成圧力温度の実験的制約、
図3
2)Harte教授らによってNature誌に報告された未知鉱物の生成条件の解明、3)ダイヤモンド中にトラップされた高圧相の放射光を用いた非破壊的分析の3つを設定し、研究をすすめています。
 課題1)については、上記ダイヤモンドインクルージョンの主要な鉱物であるMgSiO3とCaSiO3について、超高圧実験とSPring-8(http://www.spring8.or.jp)の 放射光を組み合わせた実験により、最近新たな研究成果が得られ、アメリカ地球物理連合の専門誌 Geophysical Research Lettersに発表され、同誌の“Highlight”欄でも取り上げられています。
 この研究では上部マントル(深さ30〜40km)やマントル遷移層(410km〜660km)で安定な鉱物である透輝石(MgCaSi206)を用いて、これがMgSiO3とCaSiO3の2種類の(それぞれ斜方昌系および正方昌系) ペロフスカイト構造に分解する温度・圧力を、高温高圧下での放射光X線回折実験により観察しました(図4)。一方で得られた生成物の化学組成変化を、温度と圧力の関数として決定しました(図5)。 この結果、下部マントル領域でこれら2つのペロフスカイトが安定であることが、初めて高温高圧X線その場観察により確認されました。また、得られた2つのペロフスカイトの化学組成はHarte教授らの ダイヤモンドインクルージョンのMgSiO3、CaSiO3相の特徴と調和的であり、これらが下部マントル起源であることを強く支持する結果となりました。

図4
図5

  















 また、本研究により得られたこれらの2つのペロフスカイトの組成の温度圧力依存から、Harte教授らのより発見されたインクルージョンが、 平均的なマントルの温度よりかなり低い1200度C以下で生成した可能性が示唆されました。このような温度は沈み込むスラブ内部において 実現される可能性が強く、上記のインクルージョンもこのような沈み込んだスラブ物質に起源を持つ可能性があると結論されています。
 なお上記の課題の2)は現在理工学研究科博士課程の実平君らによりすすめられています。また、3)の課題は東京理科大の中井泉教授 (和歌山ヒ素事件の不純物鑑定者)とともに放射光を利用した研究が開始されています。

参考文献
〇B. Harte and J. W. Harris (1994) Lower mantle mineral associations preserved in diamonds, Mineral. Mag., A58, 384-385.
〇J. W. Harris, M. T. Hutchison, M. Hursthouse,M. Light and B. Harte (1997) A new tetragonal silicate mineral occurring as inclusions in lower mantle diamonds, Nature,387, 486-489.
〇T. irifune (1994) Absence of an aluminous phase in the upper part of the Earth's lower mantle , Nature, 370,131-133.
〇入舩徹男 (1997) 地球超深部からの手紙、科学、67、530-533.
〇T. irifune, M. Miyashita, T. Inoue, J. Ando, K. Funakoshi and W. Utsumi (2001) High-pressure phase transformation in CaMgSi206 and implications for origin of ultra-deep diamond inclusions,Geophys Res. Lett., 27, 3541-3544.

図1 マントル捕獲かんらん岩(井上徹センター教官提供)。
図2 下部マントルに由来するダイヤモンド包有物(有色の鉱物、周囲はダイヤモンド:Harte教授提供)。
図3 超高圧実験により合成された下部マントル物質であるCaSiO3ペロフスカイト、MgSiO3ペロフスカイトおよびマグネシオウスタイト(Nature誌より転載)。
図4 Spring-8における放射光X線その場観察により得られた、CaMgSi206の相変化を示すX線回折パターンの例(GRL誌より転載)。
図5 下部マントル条件下で得られたCaSi03およびMgSiO3ペロフスカイトの化学組成の温度圧力依存性(GRL誌より転載)。

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