MgOの弾性波速度測定による絶対圧力の決定

        
 近年の高圧X線その場観察実験により、地球内部を構成する物質の相転移や各種物性の研究が大きく進展を見せている。しかしながら、高圧実験において、圧力が最も不確定な要素であるという問題が絶えずつきまとっているのが現状である。例えば、地球内部における660 km不連続面とマントルを構成するかんらん石相の高圧相転移の関係は、この10年間多くの研究者により研究がなされているが、圧力スケールの問題から決着のついていない地球科学研究における大きな課題の1つである。  
 高圧X線その場観察実験における圧力は、圧力標準物質(例えば,Au, Pt, MgO)のPVT状態方程式を用いて体積(V)と温度(T)から残りの圧力(P)が決定される。しかしながら、最も根底にある問題として、PVT状態方程式が圧力の項を用いずに決定されていないことが挙げられる。高圧実験からPVT状態方程式を構築する際に、体積、温度はX線回折測定、熱電対での測定から独立に測定することができるが、圧力は過去に報告されている状態方程式から計算されている。
 Birch-Murnaghanの状態方程式を見ると、圧力は格子体積と体積弾性率から決定される。そのため、独立に体積弾性率を測定することにより、圧力を用いずに状態方程式を決定することが可能となる。本稿ではMgO試料の弾性波速度測定による絶対圧力の決定と、決定した圧力スケールを用いたかんらん石相の高圧相転移と地球内部の410、 660 km不連続面の関係を紹介する。  
 MgOの弾性波速度測定、X線ラディオグラフィー、X線回折実験はSPring-8、BL04B1ビームラインで行った。測定したP波、S波速度、密度より各実験条件における断熱体積弾性率を決定した。得られた体積弾性率は熱膨張率とグルーナイゼンパラメーターを用いて等温体積弾性率に変換可能である。一方、有限歪の方程式を用いると、温度体積変化に伴う等温体積体積弾性率の変化は、0圧力の等温体積弾性率(KT0)、その温度(∂KT/∂T)、圧力微分(KT')と格子体積の関数で表すことができる。これら2式を連立させることにより、測定した断熱体積弾性率と格子体積よりKT0,KT'、∂KT/∂Tを直接決定することができ、self-consistentにMgOのPVT状態方程式を決定することが可能である。  

図1.本研究で決定したself-consistent PVT状態方程式を用い
て,報告されている実験結果(青)より再計算されたかんらん
石-ウォズリアイト,リングウッダイト-ペロブスカイト相転移
境界(赤).

 今回決定したPVT状態方程式を用い、過去の実験で報告されているかんらん石-ウォズリアイト(Katsura et al., 2004)、リングウッダイト-ペロブスカイト(Fei et al., 2004)転移圧力を再計算した結果を図1に示している。その結果、かんらん石-ウォズリアイト、リングウッダイト-ペロブスカイト転移ともに低圧力側に境界が移動することが明らかとなった。また境界の傾きにも違いが見られ、これまでの研究に比べて高温でより低圧側に傾く傾向が得られた。本研究で得られた相境界の傾きは、最近の熱量測定から得られた傾きと比較的調和的な値である。  
 地球内部の地温勾配を考慮すると、かんらん石-ウォズリアイト転移は、かんらん石の組成がMg#=90-93の場合、410 km不連続面の深さと一致する。このMg#はIrifune & Isshiki (1998)で得られている410 km不連続面付近のかんらん石のMg#(92-93)と調和的であり、地球内部の410 km不連続面はかんらん石-ウォズリアイト転移に起因すると考えられる。一方、リングウッダイト-ペロブスカイト転移は、660 km不連続面の圧力よりも明らかに低い圧力で起こる。地温勾配温度条件下において、鉄(Ito & Takahashi, 1989)、水(Litasov et al., 2005)がリングウッダイト-ペロブスカイト転移圧力に及ぼす効果が非常に小さいことを考えると、リングウッダイト-ペロブスカイト転移が660 km不連続面の原因と考え難い。そのため、660 km不連続面の原因として、ざくろ石-ペロブスカイト転移などのより高圧で起こる別の要因を考える必要がある。(文責:河野義生)





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