マントル対流の大規模高速シミュレーションプログラムの開発
マントル対流という物理現象を理解する上で、数値シミュレーションが重要な役割を果たしていることはいうまでもない。 近年の計算機の進歩を受けて、マントル対流の分野でも3次元モデルを用いた高度なシミュレーション研究がようやく可能になりつつある。 特に大規模な3次元問題を対象としたシミュレーションプログラムは、マントルダイナミクスの理解をより一層深める上での基本的なツールである。 本稿では、筆者らが中心となって開発を進めている、マントル対流の大規模3次元高速シミュレーションプログラムの概略とその特徴を紹介する。
マントル対流の数値シミュレーションでは、高粘性かつ非圧縮の流体の速度場を求める部分が計算時間の9割以上を占めており、この部分の高速化は大規模な3次元数値シミュレーションの実現においてとりわけ重要である。 加えて、マントル物質の粘性率は空間的に大きく変化することから、マントル対流の速度場を正確に求めることは非常に困難であった。 そこで我々は、マントル対流の速度場を高速かつ精度よく計算する頑健な数値解法を新しく開発することからスタートした (Kameyama et al., 2005; Kameyama, 2005)。 新しい数値解法は、擬似圧縮性法と局所時間刻み法を組み合わた反復解法であり、運動量と質量の保存則を同時に満たす速度場と圧力場を逐次的に求めていく。 この方法は (i) マトリックスを構成する必要がないため使用メモリ量が少ない、(ii) 多重格子法との親和性が高い、(iii) ベクトル化・並列化が容易である、という優れた特徴を持っている。 多重格子法を使った国産の3次元マントル対流プログラムは稀少で、特に球殻プログラムでは他に例がないことから、我々のプログラムは国内最速のものといってよいであろう。 また多重格子法計算では大規模並列実行時における演算効率の低下が原理的に不可避ではあるものの、格子レベルに応じて領域分割パターンを変更することで性能の劣化をある程度抑制することができる。 その結果、我々の手法は良好なスケーラビリティを示し、現実的な時間内で大規模3次元シミュレーションの実行を可能にすることができた。
さらに筆者らは最近、この手法を応用した3次元球殻領域内でのマントル対流シミュレーションを新たに開発した (Kameyama et al., 2008)。 このプログラムの特徴は、球ジオメトリでの離散化にインヤン格子 (Kageyama and Sato, 2004) を用いていることである。 インヤン格子とは球面上のキメラ格子の一種であり、二つの合同な要素格子を組み合わせて球面全体を覆う。 インヤン格子で用いる要素格子とは、通常の球座標格子における低緯度領域の一部のみを切り出したものである。 要素格子に高緯度域が含まれないことから、インヤン格子には座標特異点がなく、格子間隔の極端な不均一さもない。 特に後者は、時間刻みを規定するクーラン条件の緩和を通して、大規模かつ高分解能な時間発展シミュレーションの効率化に大きく寄与する。 ただし球殻領域内での流れ場の求解においては、問題に内在する2つの不定性を明示的に除去する必要があった。 その1つは非圧縮性流体であるが故に圧力に定数分の不定性があること、もう1つは速度場に剛体運動分の不定性があることである。 そこで本プログラムでは、流れ場を解く多重格子法計算の各反復において、(i) 圧力の体積平均が不変、及び (ii) 速度場の剛体運動 (回転) 成分が0、となるような積分拘束条件を課すことで克服した。 このうち前者は、計算領域全体でみた質量の保存が厳密に満たされることと等価であり、曲線座標系を用いた多重格子法計算では特に制限補間演算子の設計にあたって十分配慮すべきである。 またこうした積分拘束条件は、インヤン格子間の補間の際に混入する誤差の増大を抑え、ひいては流れ場を解く多重格子法計算の収束性を保つ上でも重要である。
この計算手法を用いた大規模3次元マントル対流シミュレーションの例 (Kameyama and Yuen, 2006; Kameyama et al., 2008) を図に示す。 なおこの計算は箱型モデルでは512×512×128メッシュ、球殻モデルでは64×96×288×2メッシュという、世界でも類を見ない大規模かつ高分解能のもとに行ったものである。 筆者らは現在、このプログラムをより高度なマントルダイナミクス諸問題へ適用することを目指し、複雑な固相-固相転移の効果を取り入れたり、多成分系流体モデルを導入するなどの拡張を進めている。 またこれと並行して、流れ場に特殊な境界条件を課す機能を付加したバージョンも開発中であり、このプログラムによってマントル遷移層における沈み込んだスラブの3次元的な挙動の解明を目指している。 今後のさらなる発展にご期待いただきたい。(亀山真典)
筆者らが開発したプログラムによる3次元大規模マントル対流シミュレーションの一例。 赤は周囲より高温の上昇域、青は周囲より低温の下降域を示す
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