高圧地球科学と超硬材料合成  

 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター・入舩徹男

1. はじめに  
 超高圧実験技術はダイヤモンドの合成を一つの重要な契機として、20世紀に大きな発展を遂げた。高圧発生技術にはガス銃や爆薬、あるいはレーザーなどを利用し、比較的短時間(通常マイクロ秒程度)に超高圧を発生する動的圧縮法と、ある程度の時間(数分〜数日)試料を高温高圧状態におくことが可能な静的圧縮法がある。後者にはピストン-シリンダ(PC)型装置、ベルトあるいはガードル型装置、ブリッジマンアンビル装置、多アンビル(MA)型装置、ダイヤモンドアンビル(DAC)装置などがあり、温度圧力条件や実験の目的に応じて使い分けられてきた。  
 地球内部は高温高圧の世界であり、これらの装置の開発には地球科学者が重要な役割を果たしてきた。特にPC、MA、DACはそれぞれ数GPa程度の地殻〜マントル最上部領域、数10GPa程度のマントル領域、100GPaを越える核の領域における地球物質科学的研究において大きな役割を果たしている。この中でMA装置は我が国独自に開発がすすめられてきた装置であり、様々な改良を経て現在では世界各国にも関連技術とともに輸出されている。
 昨年設立された本研究センター(GRC)の超高圧部門では、特にMAを中心とした超高圧装置を用いた地球深部の物質科学的研究をすすめている。GRC設立に際して設定した目標は1)国際的(international)、2)革新性(innovative)、3)学際性(interdisciplinary)であり、これを合い言葉にした研究活動をめざしている。ここでは3)に焦点をあてた研究の一例として、MAを用いた超硬材料合成に、特に我々が最近取り組んでいる直接変換法による多結晶ダイヤモンド焼結体の合成とその評価について紹介する。なお本研究の一部は住友電気工業(株)伊丹研究所との共同研究としておこなわれたものであり、既に四国TLOを介して両者で特許の共同出願をおこなうとともに、本年度からは本格的な共同研究を予定している。

2. ダイヤモンド焼結体
 ダイヤモンドの合成は1950年代にGEの研究者により高温高圧下で成功して以来、静的・動的圧縮による高温高圧実験をはじめ、気相成長法など各種の方法により合成がおこなわれてきた。この結果、現在では1cmを越える高純度単結晶の合成も可能になっている。これらの合成法で得られる試料は、一般的には単結晶や微粒の粉末あるいはこれが積層したものが中心である。
 天然のダイヤモンド鉱山ではこのような手法で合成される(単)結晶以外に、量的には少ないがカーボナードやバラスと称されるち密な多結晶ダイヤモンド(PCD)が産出する。これらの多くは微小ダイヤモンド結晶の焼結体であり、その極めて高い硬度と強度のために工業的に大変貴重なものとなっている。単結晶ダイヤモンドの硬度は結晶の面や方位に大きく依存し、また劈開の形成などにより強度も一定でない。一方PCDは、その硬度や強度に方向依存性があまり見られない。
 このような多結晶焼結体の合成は高温高圧実験で試みられてきたが、これまでに純粋なPCDの報告例はない。現在までに合成され、また製品化されている焼結体はいずれも金属等のバインダーを含んでおり、その硬度や強度はバインダーの性質に依存し、上記天然の多結晶焼結体に比べて大きく劣る。我々は超高圧下でバインダレス焼結体の合成に初めて成功し、その特性について現在評価をすすめている。

3. 高温高圧直接変換によるPCD合成と生成物の評価
 合成実験にはGRCの2000トンプレス駆動のMA装置(ORANGE-2000)を用いた。出発物質として多結晶のグラファイト棒(ニラコ製、純度99.9995%)を直径1-2 mm、長さ1mm程度の加工したものを用いた。試料はレニウム箔の円筒型ヒーターに直接つめ、ランタンクロマイト(LaCrO3)製の圧力媒体の中に入れ高温高圧実験をおこなった。圧力12-25GPa、温度は最高2500°C程度までの条件下で、数分〜10分程度試料を加熱した。回収した試料は顕微鏡による観察をおこなうとともに、微少領域X線回折、顕微ラマン分光、SEM、TEM等を用いた分析をおこなった。また、比較的大きな試料(>1mm)のいくつかに対してはKnoop硬度の測定をおこなった。
 結果の詳細については講演で述べるが、グラファイト-ダイヤモンドの平衡相境界よりはるかに高い上記圧力と、温度2300-2500°Cの高い温度条件下で、無触媒でグラファイトから得られた生成物は透明のかたまりであった。微小領域(~100mm)X線回折およびラマン分光分析実験の結果、この生成物は立方晶ダイヤモンドの単一相であることがわかった。SEMおよびTEM観察の結果、この生成物は10-20nmの微粒ダイヤモンドの集合体であることも判明した。また、そのKnoop硬度は130GPa前後の非常に高い値であり、試料の測定位置による変化や方向依存性もほとんど見られなかった。ダイヤモンドの中でも最も硬度が高い合成IIa単結晶と比べても、その硬度は勝るとも劣らないという結果であり、今回得られたPCDは世の中にあるすべての物質の中で最も高硬度の物質といえよう。
 今後試料サイズの増大を試みることにより、強度等の特性の測定をおこなうことが必要であるが、今回得られた純粋なPCDは常圧下でかなりの高温まで安定である可能性が強く、様々な工業的な応用が可能かもしれない。今回の成果は地球科学研究の手段として開発された超高圧実験装置や手法の応用の一例であるが、GRCでは基礎科学の研究とともにこのような応用的・学際的研究にも今後力を入れたいと考えている。
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