入舩 徹男


 少し遅れましたが、GRC活動報告No.2(2003-2004年度)がこのほど印刷になり、関係各位にお届けすることができました。同報告No.1に比べると、この2年間でGRCの活動は質・量ともに大きく前進していることがうかがえるかと思います。一方で設立5年目を迎え、そろそろ次のステップを考える次期にさしかかっているとも感じております。GRCの重点研究分野の充実の一方で、国内外の研究の動向も踏まえ、新たな分野の創設や分野の統廃合も含めた近未来計画を模索したいと考えています。
 つきましては、自らの研究発表とともに世界の研究動向を探ることを目的に、暑さもようやく峠を越えた8月末、フィレンツェでの国際会議にでかけました。ルネッサンス発祥の地であるイタリア北部のこの都市は、花の都という名前のとおり美しくまた歴史を感じさせる街でした。会議の合間に街を散策し、有名なドゥオモなどを訪れる機会もありましたが、特に印象に残ったのは古い建物の壁に掲げられたメディチ家の家紋です。市内の至るところにある教会や礼拝堂はいうに及ばず、現在はホテルや商店になっている建物の多くにも、6個の丸薬を表すという同家の紋章が掲げられていました。
 フィレンツェを中心とした文芸復興は、金融業で財をなしたメディチ家の後ろ楯によって初めて花開いたということです。現在も至るところに残るその紋章が、当時の同家の栄華の様子を彷佛とさせます。ミケランジェロやダンテの芸術や文学、またダ・ビンチの科学技術もこのような"投資"がなければ日の目を見ることはなかったかも知れません。国という安定した投資家を失いつつある我が国の大学の現状を思うと、これが科学や文芸の衰退に結びつかなければいいのだけれどと考えつつ、ルネッサンス時代にしばし想いを馳せることができました。
 ところで、フィレンツェで活躍したダンテの著名な作品「神曲」の「地獄編」では、フランスのジュール・ヴェルヌの科学小説「地底旅行」よりずっと以前に、地球内部の様子が描かれています。ダンテの神曲は地底から宇宙に至る壮大な旅行記ともいえ、現代のSFファンタジーの源流とさえ評されることもあります。神のいる明るい天上(宇宙)とは対照的に、地底は悪魔の世界であり、暗くて危険な場所であるというイメージは、ダンテのこの作品によりもたらされたといってもいいでしょう。
 まだ暑さの残るフィレンツェでの会議の後、パリのエコール・ノルマル・シュペリオールでセミナーをおこないました。フランス中から超エリートが集まるこの研究所に比べても、GRCの研究設備は圧倒的に勝っており、今後のGRC発展の鍵は学生も含めた"人"と、研究に専念できる環境づくりであるという思いを強くしました。秋の気配が感じられるパリでは、折しも今年はヴェルヌ没後100周年ということで、多くの催しがおこなわれていました。また、ヴェルヌに関する空前の出版ブームも起きているようです。
 今回の出張はGRCの将来をじっくり考える上でいい機会であったとともに、はからずも地底旅行の2大作者ともいえるダンテとヴェルヌの活躍した地を訪ねる旅となりました。これらの大作とは比べるべくもありませんが、本ニュースレターに連載した拙著「地底旅行」の単行本版を出張直前に脱稿し、この秋発行の運びとなりました。GRCの最近の研究成果も折り込んだ現代版地底旅行を、是非多くの方に楽しんでいただければ幸いです。




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